説教要旨 2025/12/14
「信じた人々」
ヨハネ1:10~13 井上聡師
●2つの誕生
ヨハネが書いたこの福音書にはキリストの誕生にまつわる物語が直接語られることがありません。けれども、ことばとなられた神、すべてものを造り出したいのちの創造者、そして、すべての人を照らすまことの光として来られた救い主の姿がここにあります。
ヨハネはこのあとで新しい誕生について言及するのです。それは神の子どもたちの誕生です。救い主の誕生と同時に神の子どもたちの誕生が告げられるのです。
しかしヨハネは、その前に強烈な現実を私達に突きつけます。それは救い主を拒絶する人々の姿なのです。
●人々の拒絶
「この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。」(1:10)
ここで言う世(コスモス)は、神様により創造された秩序ある美しい世界でありました。しかし、この世は創造されたお方を拒絶したというのです。
「この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。」(1:11)これは明らかに神により選ばれたイスラエル民族、王国を意識した言葉でありましょう。イスラエル民族はメシアを待ち望んで来ました。しかしイスラエルは救い主の誕生に気づかず、認めませんでした。救い主は、ご自分の民イスラエルから受け入れられることなく拒絶されてしまった。これが救い主の拒絶であり、クリスマスの現実でもありました。しかし、この拒絶こそが新しい誕生を促す契機となります。
●2つの贈り物
クリスマスは、私たちに2つの贈り物が用意される時でもあります。それはまず救い主の誕生であり、次に神の子どもとされる特権だと言います。この特権は「力」(口語訳聖書)であり、「資格」(新共同訳聖書)です。
大切なことは、私たちの選択にあります。救い主を信じ受け入れる時、闇ではなくは光を選び取る時、私たちは神の子どもとされるのです。そして、それは神によって生まれる、ということにおいて現実のものとなるのです。
「この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」(1:13)
神の子どもの誕生は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲にもよらずただ神によって生まれた者。それが神の子どもである。これもまた、静かに目に見えないかたちで実現した神のからの贈り物であります。
●新しい誕生
神の子どもとされる特権は神様から与えられた贈り物です。あなたは、ただただ神によって生まれ、神によって導かれる神の子どもとされた者なのです。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。目に見えない内なる人。それは日々新しくされていると言うのです。
神の子どもとされる特権、資格、力が神によってもたらされる。私たちが新しく誕生し、日ごとに新しくされていく。この贈り物のゆえに、私たちはクリスマスを喜び、祝うことが出来るのです。
