説教要旨 2026/1/11

「主に立ち返る」

第一サムエル7:1~6         井上聡師

●プレゼント

神様の恵みというプレゼントを受け取るために大事なことは、手を空っぽにしておくことであります。家族や友人からのプレゼントを喜んで受け取りたくても、両手に抱えきれないほどの荷物があれば受け取ることは不可能です。神の恵みもそれと同じで、私たちは手にある不要な荷物を下ろし、いらないものを取り除くことが求められています。

●外国の神々

預言者サムエルはイスラエルの全家にこう言いました。「もし、あなたがたが心を尽くして主に帰り、あなたがたの間から外国の神々やアシュタロテを取り除き、心を主に向け、主にのみ仕えるなら、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出されます」。イスラエルの民は大切な主の箱を取りもどした後も、20年間何も起きない時間を過ごしました。彼らに求められていたのは準備の時であり、具体的には自分たちが抱え込んでいたバアルやアシュタロテといった「外国の神々」を取り除くことでした。聖書は、主なる神だけが唯一の神であると一貫して教えていますが、イスラエルの歴史では繰り返し偶像の神が信じられてきたのです。

●たくさんの拠り所、たくさんの不安

なぜ民は他の神々に引かれていくのでしょうか。それは人間が持つ不安がそうさせます。過酷な荒野の旅の中で、彼らは安心や安全を保証してくれる拠り所を求めました。この拠り所となるものを聖書は、「偶像」と呼びます。私たちは、「これがあれば安心」と多くの拠り所を求めますが、実際には拠り所が増えるほど思い煩いは増し、不安になる可能性を多く抱えることになります。しかし、ただ神のみに信頼し、神だけを拠り所とする人は、何かを失っても絶望に陥ることはありません。「これだけは失っては困る」としがみついているものこそ、その人にとっての偶像なのです。

●主にのみ仕える

サムエルは、「主にのみ仕えるなら」と言いました。 イスラエルの民は主を信じていないわけではありませんでしたが、主以外のものにも拠り頼み、仕えていたのです。私たちの心の中も、不安を解消してくれそうな主以外のもので一杯になっていないでしょうか。神様は私たちの必要を一番よく知っておられるお方です。

●主に立ち返る

偶像を取り除き「主にのみ仕える」ための前提は「主に立ち返る」ことです。これは、「元の場所へ戻る」という意味であり、放蕩した息子が父のいる我が家へと帰ったように、私たちも、父なる神の元へと帰っていくことを指します。神の元へ帰る時、私たちは不安ゆえに抱え込んでいた不要なものや重荷を手放し、安心の中で安らぐことができるのです。

●プレゼントを受け取る 神様の恵みはすでに用意され、差し出されています。あとは私たちの両手を空っぽにするだけで良いのです。いつの間にかしがみついていた何かを手放していくところに、神の恵みが注がれます。神様の元へ戻る時、確かな平安と恵みが与えられ、主と共に歩む者とされるのです。神の恵みというプレゼントを喜んで受け取る者となっていきましょう。