説教要旨 2026/2/8

「キリストの味方」

マルコ9:38~41             井上聡師

●十字架へ向かう緊張感

マルコの8章以降は、十字架へ向かう道が強調される場面が続きます。キリストの名前が知れ渡り、人気が上がる一方で、敵対勢力の勢いも増していく緊張感の中で物語が進展していきます。ここには、キリストにとって誰が味方であり、誰が敵であるのかを意識しないわけにはいかない緊張感が存在します。

●名前には力がある

イエスの名前を出すだけで悪霊さえも恐れて出て行ってしまうことから、ヨハネは、イエスの名前には力があると言います。主の名を呼び求める者は救われ、信じる者に罪の赦しが与えられます。確かにイエスの名前は悪霊を動かし、人の心までも造り変える力があるのです。

●私たちの仲間ではない

しかしヨハネは、イエスの名前で悪霊を追い出した者たちについて「私たちの仲間ではないので、やめさせました」と言いました。これは人を敵か味方かにより分ける考え方であり、危うさでもあります。

自分たちの仲間でない者を疑い、否定する。それはヨハネが抱えていた不安によるものでした。イエスに敵対し非難する者が多くなる状況を見て、ヨハネの心に恐れが湧き、近づく者を見る目が自然と疑い深くなっていたのです。怪しい者を排除することで「私たち」の輪がどんどん小さくなっていく。私たちはまさにそんな恐れと疑いの時代に生かされているのではないでしょうか。

●私たちの味方である

しかし主イエスはそれとは違った目で物事を見ておられたのです。イエスは「わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方です」と言いました。ヨハネが拒絶しようとした人々を、イエスは味方として受け入れました。さらにイエスは「あなたがたがキリストの弟子だからというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれる人は、決して報いを失うことはありません」と言われました。

多くの人々があなたがたを排除し、安心の外に追いやろうとする。けれども、たった一杯の水を用意し、あなたがたを仲間と見なして助けてくれる人が必ずいるのだとイエスは言われるのです。

●希望の約束

イエス・キリストは、将来に対する悲観的な予測が支配し、人々が互いに裏切り憎み合うような時代に生きる私たちにも、希望の約束を与えてくださるお方です。

弟子たちはこのあとイエスを裏切り、逃げ去っていきます。しかし、主イエス・キリストは、弟子たちを裏切らず、味方であることを止めようとはしません。そして主イエスご自身が一杯の水を差し出しながら「あなたは私の仲間だ。あなたこそ私の味方なのだ」と言われるのです。

不安や恐れを抱えたまま、自信も確信も持てないままで良いのです。私たちがどんなに弱くとも、キリストは私たちの味方であり続けてくださいます。主が約束してくださる希望を握りしめ、今週も信仰によって歩み出していきたいと思います。