説教要旨 2025/12/28
「時がある」
伝道者の書3:1~8 井上聡師
今年最後の礼拝となります。今がどのような時であるのかを覚えて、聖書の言葉に耳を傾けていきましょう。
**天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある**。この地上での生活において時を過ごす私たちの背後に神様がいるという事実、時間さえも神の御手の中で造られ、私たちに与えてくださったことを認めるならば、時間は自分のものではないということに同意しなければなりません。時を支配し、時を定められるのは神様であり、私たちは神の御前にあって時間の支配者ではなく、時の管理者として生きていくことが求められているのです。
**生まれるのに時があり、死ぬのに時がある**。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。喜怒哀楽という感情は人間が生きていく上で必ず経験しなければならないものであります。石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。人間関係はいつでも複雑で、波があり、突然失われたり壊れたりするほど繊細なものです。捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
全ての時が神によって定められた時であるという事に心を留めるならば、以下の3つのことが言えます。
① **どんなにつらい時も無駄ではない**。
人生には涙を流さずにいられない悲しみの時、困難の中で苦しむ時がありますが、それら一つ一つに意味があって決して無駄ではありません。何も動いていないように見える静寂の時があるからこそ、前に進む時、物事が動き出す時が訪れるのです。
② **すべてを自分でコントロールしなくてよい**。私たちは問題を何とかしなければと焦りますが、時を支配するのは自分ではなく神様です。つらく思える時こそ神様のご支配の中にゆだね、全てを益に変えてくださる神の御手にお任せしていくことで、私たちは神様と共に生きていくことができるのです。
③ **すべての経験は、一つの美しい物語になる**。その時には理解できないかもしれないが、あとから振り返ってみる時、全ては自分に必要な経験だったと思える時が必ず訪れます。
私たちの人生は、ペルシャじゅうたんのようなものです。裏側だけを見れば糸が飛び交い、ぐちゃぐちゃして見えますが、神様が織り上げている表側は、実にすばらしく美しい模様になっています。現実に起こる苦しみや問題は、神の計画を織り上げるための大切な糸なのです。
私たちの人生には意味のない出来事はありません。主の御手を信じて、この年を終え、新しい年を迎えるものでありたいと思います。
